top food history flower animal leisure
 
 
 
...Yahoo! JAPAN
..........MSN
.............Google
...日本全国旅館検索
.......宿ネット
 広重美術館
十日町徳内ばやし
..
.............
..............
あづま荘ホームページ

..  .天童温泉の歴史
明治19年、舞鶴山北側の田園地帯であった鎌田地区に灌漑用水確保のために井戸を掘った時にぬるい湯が噴き出し、これを利用して、やがて浴場や宿屋、飲食店が次々と建てられていったことが始まり。当初、この辺りの地名をとって鎌田温泉と呼んでいたが、明治44年に同じ場所から高温のお湯が湧き出て、温泉街の形成とともに天童温泉に改称された
..  松尾芭蕉の足跡
尾花沢に10日間滞在した芭蕉は、清風らのすすめによって立石寺に向かった。やや気まぐれ立ち寄った寺で、あの名句が生まれた。 その日の内に山を上り、宿坊に1泊して、翌日、最上川の船着場を めざした。
..  .将棋の駒と天童
天童の将棋の由来は、江戸時代末期にさかのぼります。
当時の武士の生活は厳しい環境おかれ、藩としても生活救済を考える必要がありました。家老の吉田大八は「将棋は戦闘を練る競技の為将棋駒を作るのは武士の面目を傷つける内職ではない」として製造を奨励した。
..  若松寺と格知学舎
最上三十三観音第一番札所は
和銅の創建で重要文化財である。
格知学舎は儒学の本沢竹雲が開学し近くの地主層の弟子が学んだ明治期の私塾である。

田んぼの真ん中からお湯が出た
あづま湯              
当館の前身である東湯


おくの細道より

山形領に立石寺と云山寺あり。慈覚大師の開基にして、殊清閑の地也。一見すべきよし、人々のすゝむるに依て、尾花沢よりとつて返し、其間七里ばかり也。日いまだ暮ず。梺の坊に宿かり置て、山上の堂にのぼる。岩に巌を重て山とし、松栢年旧土石老て苔滑に、岩上の院々扉を閉て物の音きこえず。岸をめぐり岩を這て仏閣を拝し、佳景寂寞として心すみ行のみおぼゆ。

 閑さや岩にしみ入蝉の声
 

格知学舎 若松寺
格知学舎            若松寺

   

山寺

       山寺
天童将棋

将棋駒

明治44年鎌田温泉の発見
鎌田温泉
 
天童温泉80年の歩みより
2016azumaso all rights reserved.